ESSAY
ココロとカラダに優しいチカラめし #47
お正月は仙台風お雑煮
ようこそ2026年!
本年もチカラ飯エッセイを何卒よろしくお願い申し上げます。
昨年末に中学時代の恩師が永眠されて、父が迎えに来たのかな…と思いました。石垣島とさいたまを行き来して人生を謳歌されてきた砂押先生は会う人々に「澤田知可子をよろしくな…」と歩く宣伝マンで生きてくれました。父と恩師、強力な「ファン」が二人も天命を全うして逝ってしまいました。
「先生~!」中学生の精神状態で声を出して泣きました。体育担任であるにも関わらず、「俺はサッカーしか興味ないから」と「おい!ワタベ、今日はバレーボールでもやっておけ」と、体育委員だった私に体育の授業を1年丸投げした恩師です。不適切にもほどがある破天荒な先生は放課後サッカー部に情熱を注ぎ、県大会のトップクラスのチームでした。そんな先生は60歳から石垣島へ一人移住して船を買い謳歌しながら、すっかり石垣島の島人(しまんちゅう)となり、石垣島でコンサートを開催した時は自家用車全部に澤田知可子のチラシを100枚貼って宣伝Carとして島中ぐるぐると走ってくれたそうです。島のケーブルTV局にまで「澤田知可子を出してくれ」と押しかけて行く正真正銘な澤田知可子宣伝マンでした。 先生…長い間本当にお世話になりました。2026年は感謝を込めて「恩送り」の歌を届けて参ります。
羅臼から贈っていただいたホッケ、姫乃樹りかさんからいただいたお蕎麦で年越し、御幸の浜ビーチで初日の出を拝み、小野澤の叔母が作ってくれていた仙台市風お雑煮を作りました。大根、人参、蒟蒻を凍らせて鰹出汁に鶏、小松菜、蒲鉾、食べる寸前にいくらをたっぷりトッピング。具沢山のお雑煮は宝石箱から飛び出したようです。このお雑煮は小野澤の祖母と叔母の味です。この味わいとともに叔母が微笑みました。美味しかった…。今年もチカラ飯愛情たっぷりによろしくお願い申し上げます。
