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バスケット部 OB会

小学時代ミニバレーと言われていたスポーツ少年団のクラブでバレーボールをやっておりました。
まだ圧倒的に少ないクラブでしたので、県大会では優勝し、関東大会ではレベルが高すぎて初戦敗退という結果ではありましたが、キャプテンなんてのをやっておりましたので、当然のこと中学に進んだらバレー部に入ると心に決めておったのであります。

ところが、入学して担任の先生がバスケット部の監督であったのですが・・・「おい、お前バレー部に入るのか・・・?バレー部は一年間球拾いに明け暮れるぞ!
それに引き替えバスケットは球拾いなんてのはなく、
1年からすぐ試合に出してやる。」となんとなく
口車に乗せられ、それを見事にスカウトされているんだと勘違いしてしまった私は、あっさりバレー部を裏切る形でバスケット部に入部してしまったのでした。

以来バレー部顧問の女先生からは、「裏切り者のチカっ~!」と廊下でも教室でも職員室でもあらゆる場所で3年間呼ばれて続けたのでした・・・とほほ。
そんな想いまでして、入部したバスケット部は当然1年から試合になんて出られるはずもなく、バレー部よりも遙かに辛いフットワークというのが待っていました。あまりに辛くて走りながら涙がちょちょぎれるなんてのは当たり前でした。
水も飲んじゃいけない時代です・・。
朝の練習、夜・・・土日の練習試合ととにかく練習あるのみ・・・そんな中塾という名目で数人が途中で帰ることができるのですが、週2でみんなよりもほんの少し早く帰っていた私ですから、当然のごとくそんな塾を手玉に逃げ帰る私がレギュラーにしてもらえるはずもありません・・・。
「お前が試合にでられない本当の理由を作文用紙にきっちり書いて来い!」なんて顧問に言われたのが2年の夏前でした・・・。
もう辞めちゃおうかな・・・なんて、半ばふてくされながら誰もいない体育館で一人フリースローをしていたときです。
バレー部の顧問である「裏切りもののチカッ!」と呼ばれて2年目の夏・・・その女先生がそっと近づいてきて・・・「悩んだ顔してどうした? 」いくら頑張ってもレギュラーになれないことを打ち明けると、
「今からでもバレー部に戻って来い・・・遅くないぞ」
とやさしい言葉をかけられて、その時はもう涙が溢れて止まりませんでした・・。
逆に自分が情けなくて、悔しくて、ムムムっと何かに目覚めた瞬間でもありました。
その女先生の温かい言葉がやる気を起こさせてくれたのです。
それからです・・まじめにバスケットをがんばろうと心に決めて、塾よりもクラブを優先させたのは、目標がうまれたからです。
「絶対にレギュラーになる」と・・・。
人生で考えるとほんのわずかな時間です。
しかしあの時のあの一瞬の想い、言葉やがんばりが
人生の礎となっていることを実感します。

そのころにコーチとして無償で毎日のごとく教えにいらしてくださっていた先輩達が集まりました。
会えば、あの頃の辛いフットワークと同時に強い絆を感じます。
今年還暦を迎えるとは想えないほど今でも現役でトライアスロンをやられている先輩や、昨日だけで3件も飲み会をトリプルブッキングしていったり来たりの先輩や、シニアバスケットを現役で活躍されている先輩や・・・もう体育会系のOB会らしく、酒も強く、豪快に飲み放題で元気溌剌な飲み会となりまして・・・・かなり後ろ髪を引かれて電車に乗りました。

そう・・・昔この人たちから、酒を呑むというのはつぶれるまで吞むことだと教えられてたんだっけ・・・。